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日々、フジマキコクバン。

大阪在住。フリーの編集者兼ライター・フジマキユウコが書いています。

自分の役割、再考。

30代になったからと言って、

特に目立った変化はないと思っていたけれど、違った。

 

分かりやすいところで言えば、

 

気力と体力がなくなったなぁ…とか、

ホウレイ線が目立ってきたなぁ…とか、

白髪がちょっと増えてきたなぁ…とか、

どんどん太っていくなぁ…とか、

 

まぁ誰もが感じる年齢的な衰えくらいで、

折れ線グラフがゆる~く下降していくような印象でしかなかった。

 

10代や20代のときみたいな、

「なんかやりたい!」「人に会いたい!」「どっか行きたい!」

みたいなアグレッシブさも失って、

ぼんやりと小慣れてきた仕事をこなして、

仕事に対する愚痴をこぼしながらも、やらなきゃ終わらないんだから、やる。

を繰り返してただけ。

 

心の奥でうっすらと「自分、本当に面白くないなぁ」と思いつつも、

改めてアンテナを張りなおすのも面倒で、

そういう気持ちを徹底的に無視するようになった。

 

画用紙の上に誤って垂らしてしまった気に入らない色の絵の具をごまかすように、

水に浸した筆でスーっとのばす感じ。

なんとなくそこにあるけど分からないように。

 

そんなことを繰り返していたら、薄くのばしたって絵具は主張する。

色んな色が重なって、もう何色かも分からない、

気づいた時には画用紙が毛羽立って、汚い色になっている。

自分の心が、そんな状態になってしまっていた。

 

鈍感になることは楽だと思ってたけど、違った。

徹底的に自分を無視することで、

どんどんと「そうじゃないのに」って思いに束縛されていく感じ。

 

本当は抜け出したいんだけど、

何をやっても不満でがんじがらめになっていて、

とうとう身動きひとつ取れなくなった。

 

諦めよう。

1年かけてようやく諦めがついた。

とにかく30、31歳の自分は往生際が悪く、ひねくれてた気がする。

 

「私はもう、いろんなことにアグレッシブだった自分ではない」

「もう10代後半や20代前半の感覚は取り戻せない」

と諦めがついた途端、自分じゃもう見れないものを見たいと強く思った。

 

これまで煙たいなぁと思っていた年下の存在が、

俄然キラキラと輝いて見えた(ように思えた)。

 

それまでの自分は、

ずっと年下・後輩ポジションに甘んじていた。

それが楽だから、ただ無邪気を装ってギャーギャー言ってれば、

優しい先輩や同期たちがいろいろ手助けしてくれて、

しっかりものの年下たちに面倒くさい作業を押し付けていた。

 

仕事をしていても、

後輩(年下)が入ると必然的に自分が上にならなければならない。

社会的に当たり前のことを拒絶し続けた。

後輩への指導とか、仲良くつるむとか、絶対やりたくなかった。

 

面白くて刺激的で物知りな先輩(年上)からの恩恵だけ受けいれば、

知識も経験も積めて、自分も成長できると信じていたから。

 

でもそれは、全然違っていて、

自分はやっぱりちゃんと年上の立場にならないといけなかった。

それが出来てない時点で、ちっとも成長なんか出来ていない。

先輩(年上)たちにやってもらっていたことを、

その下に還元できないなんて、身勝手にもほどがあるなと自覚した。

 

急に、年下と関わりたい気持ちになった。

自分とその子たちの関係性や、

その先にある化学反応みたいなものを想像してワクワクし始めた。

 

「この時代の10代後半の子の感覚と、

私が10代後半だった頃の感覚と何が違ってどうなんだろう?」

「私の下で働くことになった子たちは、私から何か学ぶことがあるのだろうか。

私はその子たちに何か教えられるのか。指導する自分はどんな気持ちなのか?」

 

あらゆることが気になりだして、いてもたってもいられなくなる。

年末から地道にアシスタント探しを開始し、ようやく女子2名と出会うことができた。

 

アシスタントを探す中で、周りの人に散々言われたことがある。

 

「今、雑誌作りたいなんて思う若い子いないんじゃない?」

「出版不況で予算もない。カタログ本ばっかで旨みがない」

「今の若い子は安定志向だから、こんな斜陽産業に興味ないだろ」

「見つかったとしても、すぐやめちゃうんじゃない。今の子根性ないから」

 

自分も正直不安だった。

絶滅品種決定と言われるくらい、

編集者になりたい・ライターになりたいという若者に出会わなかったから。

でも確かに、自分の仕事を振り返って思うことがある。

私は雑誌が好きで、写真と文章が好きで、人と話したくて、

いろんな世界が見たくて、それが伝えたくて編集者になったのに、

それが叶っているのだろうか。

 

私たちが納期を守ることだけに躍起になり、

クライアントと掲載物件と、

自分で見聞きしたものを昇華させたい気持ちの中で葛藤する。

どこか自分の言葉や思いを捻じ曲げて、誰かに沿わなくてはならないことも多い中、

消耗と疲弊でコテンパにやらている。

 

「夢のない仕事だと思われてる。実際、そうなのかもしれない」

 

あ。と思った。

夢のない仕事だと思われたくないし、そうじゃないんだって。

私がそういう仕事の仕方をしてしまっているんだ。

本当は、自分の好きな人、好きな世界を徹底的に調べて、

話を聞いて、人に伝えられる。紙の上で、自分たちは自由でありたいんだった。

 

このしんどい状況をそのままの状態で、下に垂れ流していいのか。

仕事の仕方はもちろん、仕事のジャンル、

仕事を作ること、やらなきゃならないことがたくさんあるんじゃないかって。

 

やりたいことが、少し見えた気がした。

自分の仕事ってなんだろう。ってずっと考えてたこと。

 

編集者として、ちゃんと編集者の仕事をすること。

雑誌の制作はもちろん、ちゃんと人に伝える、人を繋げるをすること。

若い編集者に希望を与えること、夢を持って入ってきた子たちに、

活躍の場を与えること。そして、自分で活躍できる場を作ること。

「自分の仕事」として、それが一番しっくりくると思った。

 

楽しいじゃないか。

現状、辛いんだけど。やりきれない気持ちで進める仕事だってあるんだけど。ね。

 

昔の思っていたような、面白い企画をやる!とか変な文章で驚かせたい!とか、

パンチのあるキャッチを作る!とか、若い子にぜひ、やってもらいたい。任せたい。

 

若い子を引っ張っていくようで、本当は引っ張られている。

そういう関係性になりたいのかもしれない。

今は、その準備期間だと思っているし、

アシスタントたちにはそれに付き合ってねって言ってる。

 

もちろん、やってもらった作業分は払う。

バイト感覚のそれではなく「1円でももらったらプロやからな!」という

責任を持ってもらいたいから。そして、ちゃんと自立して欲しいから。

 

自分だって食えてる訳じゃないからこそ、

ガンガン仕事を頑張らないと!仕事もらうために頭を下げないと!

と思うようになった。

 

スピードはないかもしれないし、思うように進まないかもしれない。

けど、何もやらないでウダウダ言うてるのは余計にかっこ悪い。

まずは思い立ったらやってみようと。今年はそれで行こう。