美しく軽やかな日々。

美容ライターを目指す主婦による、美と健康と生活まわりの記録です。

ぼんやりと考えた、自分の死に方。

日は過ぎましたが、

8月8日の夕方に奈良県と大阪府で震度6弱~7程度の揺れを予測し、

まぁ結果「緊急地震速報」の誤報となる出来事がありました。

 

その時、ちょうど間借りしているオフィスにいて、

わらわらと仕事をしていました。

すると、聞き慣れない機械音がひとつ、またひとつと鳴り響き、

そこにいるほぼすべての人のスマホやケータイ電話から、

緊急地震速報の警戒音が発せられました。

 

一瞬騒然となり、みんな困惑した表情を浮かべ、

新たな情報を待つものの…仕事をしている手は止めない。

多分、本当に揺れるまで仕事は続いたのではないかしら。

 

怖くなって検索エンジンで地震の続報を調べる人はあっても、

机の下へ隠れたり、避難経路を確認したりした人なんて、

誰ひとりいませんでした。

 

私もそう。

揺れないから作業を中断しようもなく。

いや、半ば諦めた気持ちになったのかもしれません。

 

あぁ。古いビルジングが倒壊でもしたら死ぬし、

外へ行っても地下街へ入っても死ぬだろうし、めんどくさい。

って、思ったのだけど…やっぱり嫌だと思いました。

 

一連の騒動が納まって、

改めて本当に大きな地震が来て…河川が氾濫して…、

今いる場所で死ぬかもしれないって考えたとき、

「こんな愛着のないところで死ぬのは嫌だ!!!!!」

って、思いました。

 

家でひとり、

心細く不安な時間を過ごした母のことがふと頭をよぎり、

死ぬなら母の近くで死にたいって思いました。

 

ただの誤報で、

こんなに死ぬことについて生々しく考えるなんて…って、

ちょっとネガティブかもしれませんが、

自分がどう死にたいかは、割と興味があります。

 

「明日死んでも後悔のないように生きたい」

と思いつつも、実際出来てないなぁとか思って落ち込んだり。

一人で生き延びてもやり切れないから、みんなと一緒に死にたいとか。

 

近頃、南海トラフのことなどリアルに報道されていて、

大阪は水没するなんてことが言われています。

私の家は、すぐそばに神崎川が流れ、淀川もほど近いです。

 

もう、絶対、イチコロだと思います。

屋上に上がったとて…。

そんな日が、もし本当に来るならば。

 

やっぱり母の近くで死にたいし、死を見届けたいし、

どうにかこうにか一緒がいいと思いました。

 

考えたら眠れなくなりそうだ。